SARA’s STORY

こんにちは♪

プロフィールをご覧いただきありがとうございます♡

OLとして働きながら副業しているSARA@SARA18olsb)です。

 

現在は婚約中の外国人の彼と同棲しながら毎日楽しく生活しています。

外国人の彼との今後の生活を考えて、いつでもどこでも働ける方法がないかと探していたところ、ネットビジネスに出会ったことで、今までの常識や考え方が覆ることに…!

 

最初は全然稼げない時期が続いていたけど、自分に足りない部分に気がついて行動を変えてからはからみるみる成長!

本格的に副業を始めて約1年、副業からの月収が目標金額に達したら会社を辞めて独立も見えてきました♪

 

正直言って、私は副業がすぐにうまくいったタイプではなく、あちこち遠回りしたり寄り道して失敗を重ねてきました。

それでも今のように独立が現実的になるまでにどのようなことを考えて行動したのか、私の生い立ちとともにお話しします。

 

今までの生活を変えたければ、今までと違う行動や思考が必要。

知るべきことを知って、変わるための行動を続けていれば、変わる瞬間は突然訪れます。

 

ぜひ最後までお付き合いくださいね♡

SARAの簡単なプロフィール

 

【名前】  SARA@SARA18olsb

【出身地】 日本の北国

【好きな食べ物】
 チョコレート、お米、納豆

【好きな歌】
・Always be my baby
(マライア・キャリー)
・Love Story(テイラー・スウィフト)
・Your Song(リタ・オラ)

【好きな場所】
 自宅、自宅周辺、海、飛行機内

【趣味】
 ・旅行:OLだけど年3〜4回は海外旅行♪
 ・読書:もっと読書のための時間が必要!
 ・映画:ハッピーエンドが好き
 ・ランニング:ビーチ沿いが最高♡
 ・ヨガ:初心者だけど外でのヨガが好き
 ・散歩:頭の中を整理したいときに
 ・昼寝:最高の癒やし♡

【モットー】 
 継続は力なり
 Always be happy

社会人になるまでの生い立ち 〜わがまま娘はこう育った!〜

 

私は生まれも育ちも毎年冬にはどっさり雪が積もる北国。

寡黙で優しい父と厳しくも優しい料理上手な母のもとで、高校卒業までを過ごしました。

 

父は普通のサラリーマンで母は病院勤務。両親共働きの家庭でしたが、子どもの頃に両親から仕事の愚痴を聞いたことは一度もありませんでした。

このため、大人になって外で働くことに対してほとんどネガティブな印象はなく、むしろ早く働きたいと思っていたほど…!

 

裕福な家庭というわけではありませんでしたが、欲しいものは買ってもらえて、好きなことは何でもやらせてもらえた子ども時代。

【幼稚園〜小学校時代】

周りの友だちの影響で、幼稚園時代からピアノやバレエ、書道、学習塾、英会話スクール、工作クラブ、百人一首教室(?)などいろいろな習い事に通っていました。

今思えば月謝やピアノのコンクールの衣装代などに一体いくらかかっていたのか…!

 

小学校のときに、幼馴染の年の離れたお姉さんがアメリカ人の男性と結婚。

それからはアメリカ人家族と友達グループ家族で集まり、お花見やクリスマスパーティー、キャンプ、バーベキュー、スキー旅行などに行くようになり、国際交流が活発に。

 

 

彼らとのクリスマスパーティーのときに初めて外国映画を観て(ディズニー映画除く。当時見たのは「ジュマンジ」という映画)、海外のスケールの大きさに仰天!世界の広さに触れた瞬間でもありました。

幼馴染の家族との国際交流の影響でもともと海外には興味があったけど、なぜかこの映画が「将来は海外にも住んでみたいな♪」と感じる大きなきっかけに…!

 

【中学生〜高校生時代】

小学校の高学年以降はバスケ部に入部。レギュラー争いの競争が激しい中、いくつかの習い事も継続していたので、部活動と塾通いに明け暮れる日々。

この頃は男の子みたいなベリーショートヘアで、「女性らしさも忘れないように」という母の思いもあり、ホテルのランチに連れて行ってもらったり、ブランドの服やお財布なども買ってもらい…

このため、兄弟がいるのに初対面の人に会うと「一人っ子?」と聞かれることも多かったですね(汗)。

 

【大学時代】

ここで初めての挫折を経験!大学受験で失敗し、第1志望の大学に落ちてしまいました…

と落ち込む間もなく、別で受験していた大学から「特待生選抜」の通知を受け取り、学費免除で入学できることに!私は完全に有頂天!

このため落ち込んでいたのはほんの一瞬。はい、調子に乗っていました…。

 

 

両親からは大学に入る前から「大学は奨学金で生活しなさい」と言われていたので、生活費は奨学金でまかない、家賃だけは両親に出してもらって新しくてきれいな部屋に住まわせてもらいました。

一人暮らしの苦労はそれなりにあったものの、なんとなくバイトをしながら欲しいものが買える生活。

 

大学3年生のときには憧れだった海外留学も経験。ホストファミリーにも恵まれて、「将来はこんな暮らしがしたいな」と思える夫婦円満&子沢山の家庭で過ごしました。

友達もたくさんできて、美味しいものをたくさん食べてムチムチに太り、充実した半年間でした。

 

大学を卒業するまでお年玉をもらっていたので、大学4年生のときは卒業祝いも込めて親戚からたくさんお年玉をもらい、そのお金で卒業旅行はなぜかラスベガスで贅沢三昧…!

 

 

こうしてわがまま娘は育ちました。

これを読んで「単なる自慢話で嫌味な人」と思われても仕方がありません…

私自身こうやって書いてみて、「なんて甘ったれなの!」と我ながら驚いています。

 

でも、社会人になって環境は一変。

社会の厳しさを「これでもか!」というほど思い知らされました。

 

それまで自分がどれほど恵まれていて、その環境を与えるために両親がどれほどの苦労をしてきたのか、考えたことはなく本当に甘ったれでした。

そして、大人になってから、母が若い頃に家族の事情で好きなことややりたいことをあきらめなくてはいけなかったことを知りました。

このため、「娘たちには自分の好きなことをやって未来を切り開いてほしい」という思いもあり、両親は私たちのやりたいことを尊重し、その環境を与えてくれました。

理不尽やストレスが蔓延するOL時代の幕開け

 

「学生時代はお金も時間もないから、社会人になったら自由になれる!」と考えていましたが、現実は全く違っていました。

(「学生は勉強もバイトもやらなくちゃいけなくて忙しすぎる!」と本気で思っていたんです…)

OLになったらお金は自分の少ないお給料だけ。自分の時間などほとんどない生活…

 

リーマンショックの影響もあって就職活動は楽ではなく、自分のやりたいこともいまいちわからない時期だったので、「金融ならかっこいいしお給料も多そうだな」となんとなく就職。

そして、このように育ってきた私のあだ名は、「お嬢」「ツンツン娘」「おてんば娘」(笑)。

 

上司や先輩には可愛がってもらいましたが、職場環境は決していいとは言えず、社員の「訃報のお知らせ」メールがよく届くので「おかしいな」とは思っていたんです。

今の働き方改革がはじまるきっかけとなったことが、私の会社でも日常的にありました。

一社目の会社のつらさは以下でもお話ししていますが、そんなこともあって早々に退職。これが私の人生2度目の挫折でした。

参考:会社を辞めたら人生終わりなんて嘘!仕事辞めたあとの生活はバラ色?

 

 

転職後は未経験の仕事でしたが、自分の興味がある職種で採用してもらい、人間関係も悪くはなく、プライベートへの詮索や飲み会が少ない職場環境。

転職は大成功!

 

ですが、自分に任せてもらえる仕事が多い分、それまでよりも責任が重く、勉強してスキルを身に付けなくてはいけない仕事。転職した2日目から残業が始まりました。

最初の数年は土日も出社し、有給もほとんど取得せずにただひたすら働く日々。

それでも会社や上司の期待に応えられると嬉しくて、やりがいのある仕事だと感じていました。

 

転職前の会社はお給料の方が高く、転職後はお給料を下げて入社。

転職前は社宅に住んでいましたが、転職後は家賃も自己負担。大学時代から住む部屋の水準を下げることができず、給料に見合っていない家賃の部屋に住み始めました。

このため、お金がどんどん足りなくなり、貯金が底をつき、カードローンが当たり前に…。

 

その当時の私の年齢で、母はすでに父と結婚して、働きながら私を育て、家まで買っていました。

このときにやっと自分の無計画さやお金の使い方を反省。父や母の偉大さに気づき感謝すると共に、自分はなんて情けなくて親不孝者なんだろう、とつらい日々でした。

私には貯金もないし、奨学金という借金しかない…もうまさにどん底。

 

【ターニングポイント ー第1章ー】ヤフオクとの出会い

 

そんな様子を見た上司が「ヤフオク」で不用品を売ることでお金を得られることを教えてくれました。

副業禁止の会社ではありますが、きっとヤフオクなら副業には入らないという認識なんですね。

その経緯についてはこちらの記事でお話ししています。

参考:お金の心配に疲れたOLがお金の心配がない生活を手に入れた軌跡

 

それまでは会社の仕事を頑張って昇給することでしかたくさん稼ぐことはできず、そうでなければ危険な投資に手を出すしか方法はないと思っていました。

でも、ここで私は新しいお金の稼ぎ方を知りました。

 

「なんだ、会社のお給料以外からもお金を稼げるんだ…」

 

ここから私の副業生活が少しずつスタート。生活がちょっとラクになるくらいは稼げるようになりました。

でも、不用品販売の仕事は毎月安定している稼ぎ方ではないし手間もかかるんですよね。

ここで、「もっと効率的に大きく安定して稼げる方法はないのかな」と考えるようになりました。

【ターニングポイント ー第2章ー】ヨーロッパ旅行で常識が一変!

 

それでも仕事の忙しさは変わらず、繁忙期には睡眠時間が毎日3〜4時間になるほどで、相変わらず会社を休むのが不安で有給はとらずひたすら働いていました。

めんどうな先輩の愚痴にも四六時中付き合わされるようになり、ストレスで崩壊寸前…!

 

このため、お肌はボロボロ、髪の抜け毛がひどくなり、周りが見てもわかるくらい激太りと激ヤセの繰り返し。

さらにストレスでじんましんが…!毎週皮膚科に通うハメに…。

 

 

私には社会人になった直後からずっとお付き合いしているヨーロッパ人の彼がいるのですが、彼は毎年「僕の国に遊びにおいで」と誘ってくれていました。

私-SARA-
私-SARA-
今は忙しすぎて長期休暇なんてとれないし、お金も全然ないからまた来年ね!

この頃は忙しすぎて海外旅行のウキウキワクワクの気持ちさえ忘れかけていたんです…。

 

そして、とうとう彼に言われてしまいました。

「今年で旅行に誘うのは最後にするよ。これがラストチャンスだから。」

 

私-SARA-
私-SARA-
やばい…!これはフラれる前触れ??

と危機感を持った私はなんとか一週間の休暇の都合をつけ、いざヨーロッパへ!

このとき、意外にも職場の同僚たちは快く送り出してくれて拍子抜け。毎日一生懸命真面目に働いてきてよかった…!

 

そして、この旅行が私の転機となりました。

「こんな生き方もあったんだ!」という気付き

 

彼とは数年間付き合っていましたが、彼の母国へ行くのはそのときが初めて。

やはり外国人との海外旅行は日本人同士のそれとは違います。今までの旅行では見えなかった色々な発見に遭遇!

 

 

タクシーの運転手のおじさんが何やら違う仕事の電話を掛けながら運転していて、世間知らずの私は訝しんでしまいました。

私-SARA-
私-SARA-
タクシー運転手なのに仕事を掛け持ちしてるの?

「ヨーロッパでは一人の人が複数の仕事を持っているのは当たり前。一つの仕事しかないなんて不安定だよ。」と彼。

 

たしかに。そういえば、彼自身や彼の周りもいくつかのビジネスを自分で展開してる。

身近にそんな人がいるのに、海外旅行に来て環境を変えなければそんな働き方があるとも気が付かなかった私…。

そもそも私は当時まで会社員が他にも仕事をもつことは法律違反だと思っていて、副業なんて考えたこともありませんでした。

 

 

その旅行では他の外国人旅行者たちと話す機会も多く、聞くとみんな日本にも旅行に来たことがあるのだとか。

私-SARA-
私-SARA-
へえ〜!日本ってやっぱり外国人に人気の旅行先なんだね!

それに対し彼は、「日本が特別人気ということではない。みんな働きながらでも、若いうちに様々な国へ旅するのは普通のこと。会社で長期休暇が取れるし転職の敷居もそれほど高くないからね。休みがない君には理解しがたいと思うけど。」

 

こちらも当時の私には衝撃的…!

そんなにたくさん休みが取れていつでも好きなように海外旅行できる人たちがいるなんて…これもまた考えたことがありませんでした。

そんな生き方があるんだ…!

【ターニングポイント ー第3章ー】ネットビジネスとの出会い&新しい人生の幕開け!月収30万円を達成!

 

帰国後の私は、働き方を大きく変えることを決意。

それを実現する方法を探しまくり、出会ったのが「ネットビジネス」です。

 

ネットビジネスにも色々な種類がありますが、私が選んだ仕事にはこんなにメリットが!

  • 日本でも海外でも仕事ができる
  • 副業していることが会社にばれにくい
  • リスクが低い
  • 少ない資金で始められる
  • 安定して稼げる
  • 会社を辞めて独立できるくらい収入を得られる など

 

これが「ブログ運営」です。

ブログ運営で副業を始めて早くて半年〜1年で独立している人も実は多いんです。

 

でも!実は私は大の、大の、大の、パソコン音痴…

どれくらい苦手だったかと言うと、まずキーボードを打つのが苦手。Excelやパワーポイントなんてもちろん使えなかったし、パソコンの画面上に新規フォルダを作る方法やショートカットキーの存在も知らなかった。

 

何でも自分で解決するのが当たり前の職場なので、パソコンのことでわからないことがあると、先輩たちは「ググればいいよ」と教えてくれましたが…

私-SARA-
私-SARA-
「ググる」ってなに?

 

業務のことで質問すると、先輩たちは「グーグル先生に聞いてみれば?」と…

私-SARA-
私-SARA-
だれ!?グーグルに電話するってこと??

 

こんな状況でアナログ以外のことはすべて苦手。無線Wifiの繋ぎ方もわからなくて、いつも誰かに助けてもらっていました。

転職した会社では「パソコン音痴」を承知で採用してもらっていたけど、飲み会の席で「あんなにパソコンが苦手な子をよく採用しましたね〜」と言われていたほど。ショック…!

 

それでも今、ネット副業からの収入は安定的に増え、今では毎月30万円を稼ぐことができています。

副業を始めたあとの生活の変化はこちらをどうぞ。

参考:給料が少ないOLは副業すべき!「給料が安い=転職」は安易すぎる選択

 

こんなにパソコンが苦手だった私でもできたくらいです。正直今も得意ではない…

だから、はっきり言って私がやってきたことは普通のOLなら誰でもできると言っても過言ではありません。

つまり、そんな働き方や仕事があるということを知って、そして行動できればあなたでも同じように稼げるということ。

 

OLとして働き始めてからヨーロッパ旅行に行くまでは、子どものころに考えていたやりたかったことや理想の生活を封印して忘れかけていました。

でも、あの旅行で自分の中の古い常識が覆り、今の状況が幸せではないこと、自分にとって本当に大切なこと・嫌なことに気が付き、自分が何をしたいのかを知るきっかけにもなりました。

ですから、副業からの収入が目標金額まで到達したら、会社を辞めてお金も時間も自由な生活を始めたいと思っています。

 

もちろん副業を始めてからも最初はうまく進まず、諦めかけたことが何度もありました。これが3つ目の挫折。

でも、以下の3つを続けたことで今の私があります。たったの3つです。

大切な3つのこと

  1. ポジティブに諦めない強い気持ちを維持したこと
  2. ブログの記事を書き続けたこと
  3. 必要なところで自己投資をしたこと

 

OLが副業をはじめる本当の理由

 

私が副業を始めた理由は、夢をあきらめたくなかったから。

そして、大好きな家族や彼との時間を大切にしたかったから。

 

ネットビジネスで副業を始めればそれが実現できます。今までできないと思っていたことができるようになり、選択肢が増えます。

それだけではなく、古い価値観や常識から開放されて、心がどんどん豊かになります。将来への不安を軽減し、自分らしく充実した人生を送ることができます。

 

副業をしてみたいと思ってこのブログに出会った時点で、これは実はチャンス。

行動を起こして続けることができれば、意外とゴールはすぐそこです。

 

変わる瞬間は突然やってきます。

 

私はまだOLとして働きながらネットビジネスから副収入を得ていますが、目標金額に達したら独立するつもり。そして、それも近い状態。

会社を辞めることができたら、子どもの頃に描いていた「海外に住むこと」も夢ではなくなるはず♡

 

 

今後も私のビジネスの進捗や考えなどについて、当ブログで記事をアップしていきます。

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今後はメルマガやLINEの配信も準備中ですので、ぜひ楽しみにしていてください。

 

ここまで長い長い文章にお付き合いいただき、本当にありがとうございました♡

このブログがあなたが副業を始めるきっかけになると嬉しいです。